世界で最初の世界遺産 ヴィエリチカ岩塩坑の次は、人類の負の遺産であるアウシュビッツ強制収容所へ。
アウシュビッツ強制収容所は想像していたよりも広大な敷地で、赤レンガの建物が整然と並んでいる。
そしてこれもまた想像と異なるところだが、あちこちに木々や芝生が植えられていたこと。
こういった収容所はどちらかというと緑樹の鮮やかなイメージがなく、天気が良かったこともあったためか、違和感を感じてしまった。
しかし、ところどころに監視塔が建っていて、建物を区切る有刺鉄線が張り巡らされている様を見ると、ここが収容所であったという現実を思い出す。
各建物の中は、展示スペースになっている。
収容されていた方の写真や衣服、押収された服、靴、ブラシ、などの生活用品、また金目のものとして取り上げられたメガネや義手義足などが無造作に山積みとなっている展示は、これまでにみたどの展示よりもインパクトがあった。
そして何よりも脳裏に焼きついたのが、ガス室に送り込まれた毒ガスとして用いられたツィクロンBの入った空き缶の山だ。
それが錆びついた状態で山積みとなり展示されていて、この空き缶の数以上の虐殺が繰り返されたのだと思うと、言葉が出てこない。
ガス室を見学し、その後はビルケナウ強制収容所へ。
この辺りから天気が急に悪くなり、晴れの姿とは一変して、さらに重く苦しい雰囲気が立ち込め始めた。
ビルケナウはアウシュビッツよりも環境が劣悪で、寝床も密で衛生状態も非常に悪かったようだ。
(今は証拠隠滅のためほとんどの建物が焼き払われてしまい、当時の状況を再現した建物がいくつかの立っているのみでそこを見学することができる)
訪れた時期は真夏だったが、これが真冬ともなれば気温もマイナスになるのだから、当時の収容者の生活がいかに過酷であったかはいうまでもない。
このビルケナウに続く一本の線路の示す意味はとても重く、今でも忘れることはできない。
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